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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和48年(ワ)49号 判決 1975年12月15日

原告

張今順

ほか六名

右原告七名訴訟代理人

長屋誠

被告

静岡県

右代表者

山本敬三郎

右訴訟代理人

御宿和男

被告

三井建設株式会社

右代表者

稲垣登

右訴訟代理人

高橋二郎

被告

五洋建設株式会社

右代表者

水野哲太郎

被告

東洋建設株式会社

右代表者

藤井八郎

右被告両名訴訟代理人

下村登

主文

一、被告静岡県は、原告張今順に対し金一七四万〇二四一円及びこれに対する昭和四八年三月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告張今順の被告静岡県に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。

三、原告盧基善、同盧圭沫、同盧美代子、同盧美智子、同盧美千枝、同盧秋枝の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。

四、訴訟費用は、原告張今順と被告三井建設株式会社、同五洋建設株式会社、同東洋建設株式会社との間においては、全部同原告の負担とし、同原告と被告静岡県との間においては、同原告に生じた費用を一〇分し、その一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告盧基善、同盧圭沫、同盧美代子、同盧美智子、同盧美千枝、同盧秋枝と被告らとの間においては、全部同原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一被告静岡県に対する請求について

(一)  (本件事故の発生)

亡訴外人の運転した乗用車の速度の点を除き、原告らの主張する一の事実は、原告らと被告静岡県との間において争いがなく、<証拠>によれば、右速度は時速三〇ないし四〇キロメートルであつたことが認められる。

(二)  (被告静岡県の責任)

(1)  被告静岡県が浜名港の管理者であること、及び本件道路が浜名港の港湾道路であつて、その中央部分が舗装されており、かつ中央線が標示されていたことは、原告らと同被告との間において争いがない。

(2)  <証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故の現場である本件道路は、浜名港内の東西約五〇八メートル、南北約一二八メートルの長方形をした埋立港湾内に設置されており、その幅員は中央の舗装部分が約九メートル、その両側の未舗装部分が各約三メートル、合計約一五メートルであり、その全長は約六〇〇メートルに達する直線道路であつて、本件道路の西端は、一般道路(国道一号線から静岡県浜名郡新居町新居弁天方面に通ずる南北の道路)と丁字型に接していて、同所は、一般道路から本件道路に直接進入できる入口となつており、本件道路の東端は、浜名港の東岸壁道路に接している。そして右東岸壁道路の東側は直接浜名湖の海面になつているので、その危険を防止するため被告静岡県は、本件道路西端の前記入口の両脇に螢光塗料を使用して「港湾関係者以外の立入を禁ず静岡県」と標示した横巾約一メートル九〇センチ、縦九九センチの白色の立入禁止標識を地上約二メートルの高さに設置し、右入口の本件道路中央部に、横巾五メートル、高さ約八五センチの通行止と表示した移動式バリケード二基を設置し、さらに本件道路の東岸壁から西方約一四〇メートルの地点には、右同様の通行止移動式バリケード二基を設置し、その西方すなわち本件道路東端から西方約一一六メートルの地点には、道路上に巾五〇センチの白線を引き、その西方には右白線に隣接して約八五センチ角の白色文宇で「通行止」と標示したほか、右白線の附近の本件道路上には、高さ約一メートル六五センチの車両進入禁止標識一基及び四五センチ角の標示板に「前方海」と記載した高さ約二メートルの指示標識一基を設置したこと、並びに前記入口の通行止バリケード附近東方の本件道路上に高さ約一メートル六五センチの通行止標識一基を設置したことが、それぞれ認められ<る>。

(3)  民法第七〇九条の不法行為が成立するためには、行為者の故意または過失に基き、権利侵害の結果が発生したことを要することは、言うまでもない。

ところで、原告らは土地の工作物である浜名港内の本件道路には、設置または保存の瑕疵があり、右瑕疵は被告静岡県の故意または過失に基く旨を主張する。

しかしながら、被告静岡県が設置した前記通行止バリケードは、本件事故当時本件道路入口の道路中央部分に設置された二基のうち一基が倒れ、他の一基が道路脇に寄せられており、さらに本件道路の東岸壁から西方約一四〇メートルの地点に設置された二基が、いずれも道路脇に寄せられて、本件道路は開放状態になつていたこと及びこれが本件道路の設置または管理の瑕疵に該当することは、後記認定のとおりであるが、これらの瑕疵が被告静岡県の故意または過失に基くとの点については、<証拠>は信用し難く、他にこれを肯認するに足る証拠はない。

そうすると、民法第七〇九条による原告らの被告静岡県に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(4)  土地の工作物が国または公共団体の設置し、管理(保存)するものであるときは、その設置または管理(保存)の瑕疵による損害賠償の請求については、民法第七一七条の規定によるべきではなく、国家賠償法第二条が適用されること、同法第四条によつて明らかである。

ところで、原告らの主張によれば、原告らは、公共団体である被告静岡県に対し本件道路が土地の工作物であると同時に、公の営造物であつて、その設置または管理(保存)に瑕疵があつたことに基き発生した原告らの損害につき、その賠償を請求するものであるから、この場合は国家賠償法第二条が適用され、民法第七一七条はその適用がないものというべく、したがつて同法同条の規定による原告らの被告静岡県に対する本訴請求は、その主張自体理由がない。

(5)  そこで、国家賠償法第二条の請求について判断する。

(イ)  まず国家賠償法第六条の相互の保証の有無について考察するに、<証拠>によれば、亡訴外人及び原告らは、いずれも韓国に国籍を有する外国人であることが認められるので、原告らが国家賠償法の適用を受けるためには、韓国において、わが国の国家賠償法第六条にいわゆる相互の保証がなされていることを要するものと解される。

しかして、一九六七年三月三日に公布された大韓民国の国家賠償法によれば、同法第五条第一項前段において「公共の営造物の設置もしくは管理に瑕疵があるため、他人の財産に損害を生ぜしめたときは、国または地方自治団体はその損害を賠償する責任がある」旨を規定し、同法第七条において「この法は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り適用される」旨を規定している。そうすると、原告らは、わが国の国家賠償法の適用を受けることができるものと解される。

もつとも、韓国国家賠償法の五条一項後段には「この場合、他人の生命もしくは身体を害したときは、三条の基準により賠償する。」と規定しており、同法三条等によれば賠償額の定額化傾向が看取されるけれども、右は単に賠償額を定めるための基準にすぎず、いまだ同国の国家賠償法が同法五条に定める「公共施設等の瑕疵による損害賠償の責任要件」などを、わが国の国家賠償法の規定する要件よりも著しく厳重にするものとは認められないから、前記基準が存在することによつて、韓国の国家賠償法とわが国の国家賠償法との間に、たとえ若干の保護の差等があるとしても、前記相互の保証の存在を認定するうえで、その妨げとなるものではない、と解する。

(ロ) <証拠>及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故当時、本件道路入口の該道路中央に設置されていた前記移動式の通行止バリケード二基のうち一基は倒れ、他の一基は入口南方の道路脇に寄せられていたこと、本件道路の東岸壁から西方約一四〇メートルの地点に設置されていた前記通行止バリケード二基は、いずれも道路脇に寄せられていたこと、さらに本件道路上に標示された前記白線附近の本件道路上に設置されていた前記車両進入禁止標識も倒れていたこと、以上の事実がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、本件事故現場である本件道路は、東方が浜名港の岸壁に達する全長約六〇〇メートルの舗装された直線道路であつて、中央線の標示もなされていたこと前認定のとおりであるのに拘らず、<証拠>をあわせると、本件道路の周辺には何らの照明設備はなく、本件道路東方の岸壁端には駒止めなど危険防止の設備もなされていなかつたのであるから、若し附近を通行する自動車の運転手が、本件道路を一般道路と誤認して、これに進入走行するときは、東方の岸壁端から浜名湖中に転落する危険性があつたものというべく、現に本件事故前の昭和四四年三月二九日の夜にも、本件事故と同様の事故が本件事故現場附近において発生しており、殊に本件事故当時のように降雨時には、その危険性の増大することを推認するに難くない。

そうすれば、本件道路を含む浜名港の管理者たる被告静岡県としては、前記通行止バリケード、進入禁止標識等危険防止設備の維持管理を厳にしておくべきであつたのであり、しかるに本件事故当時、右通行止バリケードは前認定のように道路脇に寄せられ、或いは倒れた儘に放置されており、また進入禁止標識も同様倒れた儘になつていた点において、本件道路は、その設置または管理に瑕疵があつたものというべきである。

(ハ) しかして<証拠>によれば、本件事故当日、亡訴外人は、浜名湖に近い今切海岸で、訴外宮野真一と交替して前記乗用車を運転し、同訴外人及び訴外浅見とも子、同宮田春美の三名を同乗させて同所を出発し、豊橋市方面に向けて進行したが、国道一号線に出る手前まで来た際通行車両の多い国道一号線での運転を怖れ、もと来た道路に引返すべく方向転換をなし、その直後進路の左側に所在した本件道路に進入したものであるが、その際、本件道路入口附近の両側には、「港湾関係者以外の立入を禁ず静岡県」と螢光塗料を使用して記載された前記立入禁止標識が設置されていたのに拘らず、これを見落して本件道路に進入し、右進入当時は細い雨が降つていて本件道路の周辺は暗く、右同乗者である訴外宮野真一から「この先は暗いから気をつけるように」との注意を与えられたのに拘らず、亡訴外人は、時速三〇ないし四〇キロメートルで運転を継続し、本件道路東方の岸壁端から転落する直前にいたり、同乗者の訴外浅見とも子が「道路がない」と叫んでいるのに、亡訴外人は、制動、転把等の措置を講ずることもせず、そのまま右乗用車もろとも浜名湖に転落するに至つたこと、及び亡訴外人の運転技能は、同乗者が安心して同乗できる程度には達していなかつたこと、以上の事実がそれぞれ認められ<る>。

しかして、右認定の事実によれば、亡訴外人は、少くとも前記今切海岸から本件道路に進入するまでの間に、周囲の状況を眺めることはできたから、本件道路周辺が港湾であるか、少くとも海岸に近接していることは認識していたものと推認され、殊に本件道路入口の両脇には前記立入禁止標識が設置されていたのに、これを見落し、かつ本件道路に進入の直後訴外宮野より運転に対する注意を受けたのであるから、自己の運転技能に応じた慎重な運転をなすべきであつたのに拘らず、徐行等の措置をとることなく時速三〇ないし四〇キロメートルで走行し、同乗者が危険を感じて叫び声を発しているのに、制動、転把等の措置もとらず、本件事故を惹起したものであつて、三名もの同乗者の生命を託された自動車運転者として、当然なすべき前方注視、安全運転等の注意義務に著しく欠ける重大な過失があつたものというべきである。

なお、原告らは、本件道路を夜間、雨天に乗用車で走行する運転手には、何処まで道路が続いているのかそのライトの光では判別困難であり、湖の対岸の灯などの関係からも、湖面と同路との境を判別することは困難であるところ、本件事故当時も夜間、雨天であつたから、亡訴外人の注意義務には何ら欠ける点はなかつた旨を主張するが、右湖面と道路との境が判別困難との点については、これを肯認するに足る証拠がないのみならず、亡訴外人において前記の注意義務を尽しても、なお湖面と本件道路との境を判別することが、不可能であつたとは到底認められないので、右原告らの主張は理由がない。

(ニ) そうすると、本件事故の発生は、亡訴外人の右注意義務を尽さなかつた過失と、本件道路を含む浜名港の管理者たる被告静岡県の前記本件道路の設置または管理の瑕疵とが競合して、その原因をなしたものと認めるべきであるところ、その程度は、前記認定の本件事故現場の状況、事故の態様、その他諸般の事実関係を総合すると、亡訴外人の過失の程度と被告静岡県の本件道路の設置または管理の瑕疵の程度とは、前者が八後者が二と認めるのが相当である。

(ホ) そこで、原告らの損害について検討する。

(A) 原告張今順の損害

(一) (亡訴外人の逸失利益)

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、亡訴外人は死亡当時満一八才の健康な女子であつて、訴外第一紅屋株式会社に勤務し、年額四六万五〇〇〇円の収入を得ていたことが推認される。そして亡訴外人は、もし本件事故がなければ経験則に照し、なお、五八年の平均余命があつて、同程度生存することができ、その間少くとも四五年間は稼働可能であつたこと、その間においても同訴外人の収入は前記認定の額を下らないものと推認され右収入を得るに必要な生活費を五割程度とみて、これを収入から控除し、同人の逸失利益の昭和四六年五月六日当時の現価をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して計算(係数二三、二三一)すると、金五四〇万一、二〇七円となる。

(二) (相続)

ところで、亡訴外人及び原告張今順が韓国の国籍を有する外国人であることは、前認定のとおりであり、<証拠>によれば原告張今順は亡訴外人の母であることが明らかである。しかして相続の準拠法は法例第二五条によつて被相続人たる亡訴外人の本国法すなわち大韓民国法に従うべきである。

そうすると、原告張今順は同国民法(第一〇〇〇条)にもとづき、亡訴外人の直系専属として、同訴外人の前記逸失利益金五四〇万一、二〇七円の損害賠償請求権を財産相続により承継取得したというべきである。

(三) (慰藉料)

亡訴外人が、本件事故当持満一八才の健康な女子であつたことは前認定のとおりであり、同人の死亡により母である原告張今順が甚大な精神的打撃を蒙つたことは、本件弁論の全趣旨に照し推認に難くないから、その精神的損害に対する慰藉料は金三〇〇万円が相当である。

(四) (葬儀費用)

原告張今順が亡訴外人の死亡により葬儀費用を支出したことは、本件弁論の全趣旨によりこれを推認することができるところ、右葬儀費用は、前認定の亡訴外人の年令、職業、本件事故の態様、その他弁論の全趣旨により認められる家族関係、友人関係等の状況に照らし、同原告の請求どおり金三〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある通常の損害と認める。

(五) (過失相殺)

ところで、本件事故については亡訴外人にも過失があつたこと、前認定のとおりであるから、これを被害者側の過失として斟酌するときは、原告張今順が、自告静岡県に対し賠償を請求しうる損害は、前記(一)ないし(四)の損害合計金八七〇万一、二〇七円のうち、その二割に相当する金一七四万〇二四一円(円位未満四拾五入)とするのが相当である。

そうすると、被告静岡県は、原告張今順に対し前認定の金一七四万〇二四一円及びこれに対する本件事故後である昭和四八年三月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(B) 原告、盧基善、盧圭洙、盧美代子、盧美智子、盧美千枝、盧秋枝の損害

<証拠>によれば、右原告ら六名は亡訴外人の姉弟であることが明らかである。

ところで、民法第七一一条に列挙された身分関係者に該当しない死亡した被害者の兄弟姉妹であつても、被害者と密接な特別の生活関係があつて、社会的見地からみて被害者の死亡によつて格別の精神的打撃を受けたと認められる場合には、これらの者にも慰藉料請求権があるものと解すべきであり、右原告ら六名が亡訴外人の本件事故による死亡によつてそれぞれ精神的損害を蒙つたことは容易に推認できるけれども、同原告らが自己の権利として慰藉料を請求できる程度の格別の精神的打撃を受けた点については、これを肯認するに足る資料がない。

よつて、右原告ら六名の被告静岡県に対する本訴請求は理由がない。

二被告三井建設株式会社、同五洋建設株式会社、同東洋建設株式会社に対する請求について

(一)  <証拠>によれば、亡訴外人は原告ら主張の日時、場所において、同乗者三名を乗せて普通乗用車を運転東進中、本件道路から浜名湖に右自動車もろとも転落して、右同乗者のうちの一名と共に水死したこと(本件事故の発生)が認められる。

(二)  ところで、原告の右被告ら三名に対する本訴請求は、いずれも本件事故に関し、同被告らが、本件道路を含む浜名港岸壁埋立地を占有して、本件道路を使用していたこと、もしくは被告静岡県の本件道路上に設置した通行止バリケードを本件道路脇に寄せたままこれを放置したこと、の各事実の存在を主張し、これを前提として、民法第七〇九条第七一七条により損害賠償を請求するものであるところ、右前提事実に関する<証拠>は、いまだ右原告らが右被告らに対する本訴請求の前提として主張する各事実を肯認するに足らず、他に該事実の存在を認めるに足る証拠は見当らない。

そうすれば、原告らの右被告ら三名に対する本訴請求はその前提を欠くことになり、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三以上の次第であるから、原告らの本訴各請求は、以上認定の範囲で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を各適用し、なお、仮執行宣言については、相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。 (高津建蔵)

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